USUGROW|陰陽と生死 どちらも共にあるもの
彼は、陰陽の世界を“鮮やかに”描くアーティストだ。達筆な文字の羅列、白い紙上を迸るインクの黒に、黒い紙上を迸るインクの白。その潔いまでのシンプルさは、見た者を深い思想の世界へ引き込んでくる。彼の作品を見た時、自身の中にある死生観を確認する者もいれば、ただひたすらにその美しさに圧倒される者もいると思う。とかく世の中は賑やかで多彩だから、USUGROW氏が描く深淵な「モノクロの世界」に静かに魅了されたい。
HDM:USUGROWさんの作品は、文字が象徴的ですよね。
USUGROW:昔から字が好きだったんです。梵字(ぼんじ)とか写経にあるような、ああいう緻密に描き込まれた感じのものも好きですし、あとはアメリカの西海岸のグラフィティ、特にチョロスタイル呼ばれるスタイルがあって、その辺りのものは10代に初めて見た時から好きですね。
HDM:それは文字の形というか、デザインとしてお好きなんですか?
USUGROW:それも勿論ありますし、あとは一見して解読不可能な文字を見た時の「何と書いてあるんだ?」という好奇心のドキドキする感じ。読めない文字を見た時の反応って2通りあると思っていて、ひとつは理解できないことで「なんだか恐い…」と感じる人と、「何これ!何て言っているんだ?」と興味を持ってアガる人と。
HDM:USUGROWさんはどちらですか?
USUGROW:僕は完全にアガるタイプですね(笑)。海外に行った時に見るアラビア語とかキリル文字とか、ああいったものは形としても面白いし。文字を自分の作品とする時は、形として面白いという視点も持って描きますけど。
HDM:文字を用いる作品の場合は、言葉であっても文字そのものであっても、その奥に何か伝えたい真意を感じてしまうのですが、いわゆる「メッセージ」というものは考えたりしますか?
USUGROW:あるものもあります。僕の描く文字や言葉は、一見してすぐに読み解けるものではないと言うか、どちらかと言うと難解に見えるのかも知れないんですけど、そういう遊びがあってもいいかなと思っていて。
HDM:使われる言葉は、何かからの引用?
USUGROW:いや、自分で考えた言葉です。
HDM:すごく…詩人ですね。
USUGROW:ハハハ!いやいや、僕はまったく詩人なんかじゃないですよ(笑)。自分のバンドの歌詞とかで、いつも文章を書いていたから。
HDM:音楽もされているんですね。
USUGROW:とは言ってもあまり稼働していなくて、これからまた動こうとはしているんだけど、ズルズルと…15年くらい時間が経っています(笑)。
HDM:文字と同様に蓮の花も、USUGROWさんの作品のアイコンであるように見えますね。
USUGROW:植物の中では蓮の花が特に好きで。蓮の花って仏教では「生」の象徴なんですけど、ヨーロッパに行くと一転して「死」の象徴になるって聞いたことがありますね。場所が違うと、同じものでも扱われ方が変わるんですね。
HDM:日本でも、涅槃(ねはん)に咲いているのは蓮の花ですよね。死後の楽園に咲いているものとして。
USUGROW:同じなんですよね。「死ぬ」ってことは、同時に「生まれる」ってことだから。どっちの意味も孕んでいるもので。死ぬと同時に新しい再生が始まるということなんでしょうね。
HDM:USUGROWさんの作品のアイコンは蓮だけでなく髑髏(スカル)という、同じく死生観を感じさせるものが多くありますけど、ご自身の中にそういった意識があるんですか?
USUGROW:宗教にまつわる神話というか、伝えられているお話の世界観が好きなんですよね。最初から傾倒しているわけではないけど、自分の生活の中のふとした瞬間に「ああ、そう言えば仏陀がこういうこと言ってたな」というようにフィードバックしてくることがあって。説法で言っていることって、自分の人生でそういうシチュエーションに遭遇して、そこで答え合わせができて初めて真理になるじゃないですか。僕は、どちらかと言うとあらゆることに対して「ふーん」って斜に構えて見ちゃう方なので(笑)、実体験して初めて受け入れられるんです。
HDM:(作品集を見ながら)この作品(文字が描かれた障子)は、どこにあるんですか?
USUGROW:これは自宅です。どうせ障子紙を剥がさないといけなかったから、その前に描いちゃえって(笑)。こういう場所に描く機会ってなかなかないですからね、面白かったですよ。もう剥がしてしまいましたけど。
HDM:勿体ない!置いておいてもよかったんじゃないですか?
USUGROW:いやいやいや、家にこんなのあったら落ち着かないですよ(笑)。自宅には、絵とかも何も飾ったりしないんです。自分の作品は特に、ずっと視界にあると慣れてしまうんですよね。自分で自分に飽きるんでしょうね。それに久し振りに自分の絵を見た時に「酷いな」って思うくらいじゃないと、上達していないってことになるから。自分の過去の作品を見ているとそれに慣れてしまって、ずっと同じことを繰り返してしまうので。
HDM:作品自体はモノクロですし、死生観を彷彿とさせるアイコンやメッセージを多用されるという点では、いわゆるわかりやすい“陽”だけを許容する大衆性に向いたアートとは一線を画していると思うので、その独特の世界観を確立されているのが素敵ですね。
USUGROW:でもやっていることは、僕自身はどこかサービス業のようなものだと思っているところがあるんですよね。自分のことを、いわゆる「アーティスト」という自覚が持てないのは、自分の思想とか価値観のみを一方的に出すっていうことをあまり考えないからかも知れないです。「俺はこうだ」というようなことよりも、自分の作品を見た人が好き勝手にアガってくれたり、何かを感じてくれたらそれでいいなと思っていて。結局は誰かが見てくれて初めて成立するものだから、誰の目にも触れないところで黙々と…精神修行のように描き続けるっていうのは僕にはできない(笑)。やっぱり新しい作品ができたら「見て見て!」ってなるから。
HDM:作品はシリアスですけど、精神性はポップですね(笑)。
USUGROW:めちゃめちゃポップです(笑)。描いている時はシリアスだったりナーバスになっていたりする時もありますけど、結果として、誰かが喜んでくれたり楽しんでくれたりしてもらえたらそれでいいです。自分の主張よりも大事なことですよね。僕自身、どこかの大きなギャラリーのキュレーターに発見されて世の中で出て行くような作家とはちょっと違うから。
HDM:私は特に、美しいスカルと細密な点描画がすごく好きです。点描なんて、特に苦行のような作業じゃないですか。
USUGROW:もうね、本当はやりたくないんですよ、大変だから(笑)。しょうがないですよね、これを手法としてやろうと決めたらやるしかない(笑)。作業の苦楽を基準には出来ないし、むしろしんどいくらいの方が…前を越えないと新しいことは生まれてこないから。また仏教の話に戻るんですけど、苦楽は先に「苦」が来るものですから…。
HDM:やっぱり全然ポップじゃない(笑)。
USUGROW:ハハハ!話題の落としどころをいきなり重くしてしまいました(笑)。
HDM:スカルも好きなもののひとつですか?
USUGROW:うん。単純にカッコいいって思います。特にハードコアとかパンクとか好きな人は反応するアイコンですよね。シリアスであると同時にキャッチーさもあると思うし。キャッチーであるがゆえにいろんな扱われ方をしていると思うんですけど、僕は美しいスカルを描くのが好きなんですよね。ツルンとした触感を思わせるような、セクシーなものを。絶対に美しい人の髑髏って…あ、こういうこと言っちゃダメだな…。
HDM:何ですか(笑)?
USUGROW:美人って、絶対に骨まで美しいんですよ(笑)。
HDM:いや、きっとそうですよ。実際の人骨を見たことがありますか?
USUGROW:ありますよ。海外だと売ってたりするんですよ。
HDM:人骨を?
USUGROW:そうそう。やっぱりレプリカとは全然違いますよね。人によって形とか色とかちゃんと特徴があって。生きていた頃の人物像を想像させる。
HDM:骨のどういうところに魅了されているんですか?
USUGROW:骨の良さって「絶対にみんなが持っているもの」じゃないですか。みんな同じものを持っているものなのに、何でここまで忌み嫌われたり怖がられたりするんだろう?って思いますよね。大きなメーカーの仕事でも「スカルはちょっと…」って言うことが当然のようにあるので。エンターテイメントとしてはアリでも、やっぱり不吉なものとして見られることが多いみたいですね。
HDM:死を彷彿とさせるものだからかな。
USUGROW:そうですよね。多数決として、そういうことを象徴するものを日常的には見たくないっていう人の方が多いんでしょうね。でも、そういう「嫌だ」「嫌いだ」っていう人たちのお陰で、自分の中にある価値観を発見できたので。感覚として僕はいつも真ん中にいるようにして、物事を多面的に見たいと思っています。答はいつも自分とは反対のものが持っていると思うから。例えば家の防犯をしたいと思ったら、警察に聞くより泥棒に聞いた方が確実っていうじゃないですか(笑)。
HDM:「ねえ最近のピッキング事情を教えてよ」って(笑)。確かに。
USUGROW:そうそう(笑)。反対に問うたものを真ん中に集めて、最終的に自分で判断するっていう。
HDM:USUGUROWさんは海外での活動も多いですが、日本以外での国での反応はどんな感じですか?
USUGROW:海外だと、ギャラリーという場所には本当にいろんな人や世代の人が訪れるんです。子供やおじいちゃん、アートコレクターまで。アートに精通していようがいまいが、ボーダレスなスポットとして人が足を運んでいるという印象ですね。対して日本だと、ギャラリーという場所はまだ一部の人達のものという認識が強いような気がしますね。日本では音楽シーンでのアートワークやスケボーのグラフィックを見て僕を知ってくれた人が多くて、僕のことは「限定的なアンダーグラウンドカルチャーにいる人」という認識をされているのかも知れないですね。外国のギャラリーはそのあたりがフラットですね。履歴や肩書きというより、作品自体を見るというか。
HDM:じゃあ、海外のどこか一般家庭のリビングにUSUGROWさんの作品があったり。
USUGROW:以前、僕の絵が飾られてあるお宅の写真を見たことがあるんですけど、「俺の絵がこんなまともな空間に飾られていていいのか…」と思いましたよ(笑)。あと、以前に海外で展覧会をやった時に来てくれたおばあちゃんが「まあ、ステキ!」って薔薇とスカルの絵を買って行ってくれたり。すごく嬉しいことです。
HDM:いいですね。展覧会は近々ありますか?
USUGROW:今年で言うと、いつもやらせて頂いているロンドンのギャラリーで展覧会を行う予定ですね。
HDM:個展を見られる機会を待っていますね。ありがとうございました。
USUGROW:こちらこそ、ありがとうございました。