RUDEBWOY FACE|JAPANESE DANCEHALL KING

RUDEBWOY FACE|JAPANESE DANCEHALL KING

interview by SEIRA YONAMINE

横浜を代表するレゲエ・ダンスホールDeeJay、RUDEBWOY FACEがデビュー20周年を迎え、これまでの軌跡を辿るようにベストアルバム『THE BEST』をリリースし、また自身の20年を振り返った曲『20th』も同時発売した。時代と共に進化していく音楽シーンの中で、デビュー時から20年間、ブレずに“ラガ”なスタイルを一筋に追求しつらぬいてきた。それが、RUDEBWOY  FACEというアーティストの本質的な格好良さであり、不動の人気の理由だと、本インタビュー終えて再認識した。音楽と共に歩んできた彼のラガマフィンな半生と、今後のネクストステージについて、直接本人に話を聞いてみた。

 

 

HDM:20周年おめでとうございます。デビュー時からの話を聞かせていただいても良いですか?

RUDEBWOY FACE:ありがとうございます。17歳でデビューして、レゲエを聴き始めたのは中学2年生の頃、周りはブルーハーツとか日本のバンドとかを聴いてて、全くレゲエが流行ってない時代でした。当時も今と同じでヒップホップの方がブームで、ラップとかが流行ってたんですよね。

 

HDM:当時のレゲエシーンは?

RUDEBWOY FACE:世界的にはバンド系のレゲエが凄く流行っていて、俺が中学の頃は『ジャパンスプラッシュ』っていう何万人も入るようなフェスがやってたけど、テレビで放送されるわけじゃなくて、やっぱりアンダーグラウンドでしたね。凄くマイノリティでした。友達に「レゲエのCD貸して」って言われて貸したら、「思ったのと違かったわ」って言われて返されたこともあった(笑)。

 

HDM:切ないですね(笑)。DeeJayを始めたキッカケは?

RUDEBWOY FACE:高校生の頃に自分らでパーティーを主催するのが流行ってて、俺の友達も主催してたりしてたから、そこで俺も歌うようになって。ラッパーの友達が多かったから、ラップグループと一緒に歌わせてもらって活動するようになりました。

 

HDM:それから20年間もDeeJayをされてるんですね。

RUDEBWOY FACE:「レゲエでやっていきたい」ってずっと思ってましたし、就職しようなんて考えなかったです。レコードデビューしてから今まで、真面目にレゲエに向き合ってきました。

 

HDM:最初は好きだから始めたわけじゃないですか?それを本当に仕事としてやっていくとなったとき、葛藤とかなかったんですか?

RUDEBWOY FACE:そんなことよりCDを出せたことが嬉しくて。たしかにビジネスとして生計を立てていかなきゃいけないんだけど、CD出せたことと、現場で歌えることの喜びの方が強かったです。そういう感覚の方が自分らしいんですよね。

 

HDM:音楽と共に歩んできた20年間だったと思うんですけど、どういう日々でしたか?

RUDEBWOY FACE:毎週歌えるのが楽しかった20年間です。

 

HDM:これまでに、今に至るまでのターニングポイントってありますか?

RUDEBWOY FACE:今回リリースした『20th』っていう曲の中でも歌ってるんですけど。音楽と出会って、デビューが決まって、レコード出して、横浜の先輩のCORN HEADと出会っていろいろ現場とか連れてってもらって、いろんな人紹介してもらって、一時期沖縄に長期滞在してるときに名古屋のプロデューサーBPさんと出会って、ほとんど住みこみで沖縄でレコーディングとかして、歌の内容やリリックのこととか考えさせられました。BPさんって、「レゲエのDeeJayとは?」っていう自作の教科書を持ってて、それをスタジオに行ったらまず読まされてましたね。

 

 

HDM:その教科書、すごく気になります(笑)。

RUDEBWOY FACE:「レゲエDeeJayとはドラマティックであれ」とか、「歌詞の内容には起承転結をつけろ」とか。俺は言葉遊びみたいな感じの方が好きだったから、そんなにその内容を重視してなくて、BPさんに「こんなんじゃ全然面白くない。もっと中身があって話にオチがあるような歌を歌え」って言われて(苦笑)。でも、俺にもゆずれないスタイルがあったので、葛藤の日々でした(笑)。でも、BPさんのところで出していた曲がキッカケでリリックの幅も広がったなと今は思います。

 

HDM:なるほど。

RUDEBWOY FACE:クラブでガッチリかかるような曲とアルバムを通して聴くような曲は全然違うと思うから、それに応じて俺も意味があるような、言葉やメロディーがカッコいい歌も両方やりたいなって思ってます。今はそれを両立してできていますね。

 

HDM:他にも今につながったような出来事ってありますか?

RUDEBWOY FACE:ROMERO SPっていう、OZROSAURUSのMACCHO、風林火山のF.U.T.O.、秋田犬どぶ六、DJ SN-Z、トラックメイカーのLuchaとKnockでクルーを組んでやり始めたときにヒップホップのつながりが増えて、そこで他のジャンルからもオファーをもらえるようになったし、俺が認知されるキッカケだったかなと思ってます。

 

HDM:ルーボイ君はヒップホップのアーティストやヘッズからも支持ありますもんね。

RUDEBWOY FACE:最初はまわりにレゲエを聴いてるヤツがいなくて、ラッパーたちとつるんでやってたからね。だからそういうジャンルの壁も感じてなくて、途中(2000年)からジャパニーズレゲエが流行って、レゲエのイベントも増えたから。そこから、みんなが俺に対する見方も凄く変わっていったよね。それまでは、例えばみんなでカラオケに行って、「レゲエ歌ってよ」ってイジられることも多かったけど、ブームがきてからはそんなことなくなった。

 

HDM:いわゆる当時の“レゲエブーム”は何年続いたんですか?

RUDEBWOY FACE:8年くらいかな。でも、レゲエブームの時代、俺は生意気過ぎて仕事があんまりなかったんです(笑)。

 

HDM:『20th』の歌詞の中にも、「飢えた目のDAWG」「最低の不良」とありますもんね。

RUDEBWOY FACE:不良っていうか、当時はチーマーとかギャングスタラップとかが流行ってたから。みんなバンダナ巻いてギャングぽい格好して、今の時代よりも凄いピリピリして、喧嘩が盛んだったんですよ。先輩とかにも「生意気だ」って言われてたんだけど、自分もイキがってたから「うるせー」みたいな感じでやってたんですよね…。

 

HDM:当時のレゲエは“不良が聴く音楽”という感じだったとお聞きしたことがあります。

RUDEBWOY FACE:そうだね。俺が聴き始めたのもBOUNTY KILLERとかだし、本場でも実際にそういう音楽だし、元々はクラブ発祥で盛り上がった音楽だから、やっぱり不良の雰囲気はありましたよね。レゲエがブームで多くの人に認知されるようになってから、一般の人も聴けるような音楽に変化していったのかな。

 

HDM:ルーボイ君が丸くなった理由は?

RUDEBWOY FACE:もっと自分のスキルを信じて、音の上では攻撃的でも、プライベートでは物腰し柔らかい方が良いかなって気づきを得ましたね(笑)。

 

HDM:それもかなりのターニングポイントですね(笑)。

RUDEBWOY FACE:そうだね。本当に生意気だった頃には反省しています(笑)。

 

HDM:ルーボイ君の代名詞として、「ラガ」というイメージがあると思いますが、若い世代からすると、「ラガ」っていう言葉にイメージが沸かないと思うんですけど、「ラガ」とは?

RUDEBWOY FACE:ラガとは…、俺のことですね(笑)。語源はジャマイカのラガマフィンからきてると思うんだけど、まあ時代的に死語かもね(笑)。他のジャンルでも、「これってロックだよね」とかそういう感じで、レゲエなら「ラガ」。

 

HDM:なるほど。

RUDEBWOY FACE:日本人的には、「自分をうちに秘めたカッコよさ」とかもあると思うけど、ファッションから振る舞いから、ジャマイカ人は野生だから。野生的な奮い立つ感じがラガでカッコいいんです。

 

HDM:ルーボイ君の曲も奮い立ちますもんね。

RUDEBWOY FACE:そういう風に作ってます。歌ってるときは俺が一番だし、誰にも邪魔させない時間だし。

 

 

HDM:『BEST』を聴いて、本当にこの20年間、ブレずに貫いてやってきたんだなって思いました。

RUDEBWOY FACE:DeeJayを始めてから今まで、歌ってることは本当に変わってないんですよね。リリックスで言ってることとか。だから、本当は言いたいことはあんまりないのかなって自分で思っちゃいましたね(笑)。

 

HDM:いやいや、変わらないからカッコいいんですよ(笑)。ベストアルバムへの収録曲を選んでるときの心境は?

RUDEBWOY FACE:他に入れたかった曲も沢山あったけど、自分の中で思い出になってる曲とか、改めて聴いてもらいたい曲とかを入れられたので、凄い良かったです。そして、最後に今までの自分のことを回想できる曲を作ろうって思って、『20th』を書きました。

 

HDM:20周年を迎えて思うことは?

RUDEBWOY FACE:今までは日本のレゲエシーンを中心に活動してきたけど、海外を視野に入れて動いていきたいなって思っていますね。今はSNSとかも発達してるから、昔よりチャンスがあると思うんですよね。日本にいながらにして海外にも発信できるので、新しいことをやっていきたいと思っています

 

HDM:海外で活動していくのに、明確なヴィジョンはあったりするんですか?

RUDEBWOY FACE:Magnum Recordsでリディムの提供とかして、ジャマイカのトラックメイカーたちとリンクしつつ、いろんなアーティストと曲を作ったりもしたいし、Magnum Records全員で海外でやれたらいいなって思ってます。アメリカとかアジアとかも視野に入れながら、海外で日本のレゲエを紹介していきたいですね。

 

HDM:20年前と今とじゃ本場ジャマイカもそうだし、世界的にもレゲエ、ダンスホールの音楽性もだいぶ変わったんじゃないでしょうか?

RUDEBWOY FACE:俺が一番最初にジャマイカに行ったときから比べたら、本当にアメリカナイズされてる。ダンスでも一番盛り上がるメインタイムに、ヒップホップとかUSのトップソングがかかるから、変化していくのは必然的なのかなって。昔は「Wah gwaan」だったのに、今は「What’s up」だからね。それが一番の変化かな(笑)。良く言えば、昔に比べて洗練されてきたってことなのかな。

 

HDM:最近のジャマイカのメインストリームのアーティストで、注目しているのは誰ですか?

RUDEBWOY FACE:VYBZ KARTELやCHRONIXXが好きかな。でも、やっぱり一番好きなのは、自分がレゲエをやり始めたときに好きだったBOUNTY KILLERは変わらずカッコいいですね。チャンスがあればいろんなアーティストと曲をやりたいと思うし、そこはもう神様が決めることだからね。

 

HDM:海外のプロデューサーだと、誰と仕事してみたいですか?

RUDEBWOY FACE:DAVE KELLY(BABY CHAMのプロデューサー)。この人とは一緒に仕事してみたいですね。リディムトラックを作ってもらいたいですね。

 

HDM:凄く素朴な質問なんですけど…ジャマイカで日本人に見られますか(笑)?

RUDEBWOY FACE:ぶっちゃけ、見られないことが多いかな(笑)。純日本人なんだけどね。「エチオピアの血が入ってるな」とか言われたこともあるね(笑)。

 

HDM:やはり(笑)。

RUDEBWOY FACE:自分的には、レゲエをやり始めたからこそ「この顔で良かったな」って思うけど、小さいときから自分の顔が凄く嫌だったね。「チビクロサンボ」とかあだ名つけられてたし(笑)。

 

HDM:アハハ!

RUDEBWOY FACE:だから本当、レゲエに出会えて良かったです(笑)。

 

HDM:それでは最後の質問になりますが、20周年を迎えて、今一番伝えたいことは?

RUDEBWOY FACE:俺自身この音楽と出会って人生が大きく変わって、この20年間凄く充実してるから、これからどんどんいろんな人に良い影響を与えたいと思っています。そして、ジャマイカの本当のレゲエとかを知るキッカケだったりとか、レゲエの良さをもっと伝えられたら良いなって。

 

EVENT INFORMATION

RUDEBWOY FACE|JAPANESE DANCEHALL KING

『RUDEBWOY FACE 20th ANNIVERSARY PARTY』

日時:2017年12月10日(日)
場所:ZET The West&Grill
時間:開場17時 / 終演22時
料金:2500円(D代別)
出演:(ARTIST)RUDEBWOYFACE / RUEED / AKANE / KILLANAMI / PUSHIM / CORN HEAD / FAT-D / MACCHO from OZROSAURUS (SOUND)DJ LUKE / BIG BLAZE WILDERS / HUMAN CREST / GLADIATOR with SOUND SYSTEM

  • facebook
  • twitter
  • pinterest
  • line
  • Tumblr