孫GONG|立ち上がるために音楽を手にした男の軌(奇)跡

孫GONG|立ち上がるために音楽を手にした男の軌(奇)跡

intervie by HIROYUKI ICHINOKI photo by MASATO UEDA

 

HDM:ラップを始めたのもそのころ?

孫GONG:初めては16歳とかっす。ハスラー始めたときぐらい。

 

HDM:音楽との関わりはどのようなところから?

孫GONG:演歌っすね、俺ん家は。それこそ親父が仲良かったんで、北島三郎さんのライブなんてよく観に行かされてました。ステージの上で船乗っとるわ、凄いなって思ってましたけど。

 

HDM:ラップを始めるキッカケや、影響を受けたラッパーなどはいたんですか?

孫GONG:地元の先輩がヤバすぎて、それでクラってもうて、フリースタイル始めるようになって。そしたらkey坊っていう俺の兄ちゃんみたいな人が「お前、再来週のイベントで1曲歌えへんかったら殺すぞ」言うて。それで「殺されるん?」って思って一生懸命曲書いてライブしたんすけど(笑)。その1発目のライブで400人ぐらい客が入って、俺もハスラーやったり服屋の店員もやっとったんで、みんな俺のこと知っててくれて、それでめちゃくちゃ盛り上がって。そんときの衝撃が体に刻まれてもうてるんで、「あの景色をもう1回見たい」ってなって頑張ったっていうのはあるっすね。ただ、その時代はドラッグでヨレとったんで、そのへんの誰かのラップ入ってるビートでリリック書いて、ライブ行ってDJおったらつかまえて、「お前トラック持ってるか?それ3つぐらい流してくれ」言うて、頭の16小節にパッと入って無理やりライブしたりしてましたね。ほんまに日本一適当やったんちゃうかなって感じっす(笑)。

 

HDM:そのころは暴力沙汰とは縁が切れてたんですか?

孫GONG:いや。エグいっすよ、ほんま。片耳ちぎられてケツにローション塗られてニンジン差してるヤツの動画をラップしながら録ったり。そいつの太腿にマイナスドライバーグリグリ回して貫通させたりしとったとこも見とったし。俺が土のう袋にバーン入れられて拉致られたことありますしね。それが17、8歳かな、お金焦がしてもうて。でも俺もぶっ飛んどったし、怖いと思わなかったんすよ、結局俺が悪かったから。

 

HDM:それもお兄さんにボコボコにされた経験があったからとか…

孫GONG:だから自分がやられた一番ヤバイ暴力の現場はやっぱ兄貴ちゃいます?小学生んときに車に縛られてボコボコとかありましたから。でも、そんなんいっぱいありますよ、俺ん家は。俺が(母親の)お腹ん中におるときからそういう家やから。だって暴力団っすもん。たまたま事務所行ったら指詰められたてのおっさんが「うわー!」言うてることもあったし、トン袋って言って1トンぐらいのゴミ入る袋あるんすけど、家帰ったらそれがモゾモゾ動いてたりするんすよ、なんかおるぞみたいな。それこそ俺ん家で発砲事件もあったし。

 

HDM:まあそういう状況も、くぐり抜けた今だから話せるんでしょうけど。

孫GONG:暴力いっぱい見ましたけど、見たくないすからね。グロい(笑)。昔はケンカしまくったけど、最終死ぬしね。やめたほうがええで言うときますよ。ただ、俺ら「悪い人」とか「不良」って言われるんすけど、悪いことしたヤツに悪いことするだけで、何も罪ない人には何もしないんで。そのへんは履き違えんといてほしいなと思いますね。

 

HDM:ともかく、BACKBONEがクルーとして結成されたのも同時期のようですね。

孫GONG:俺のツレが先輩の家に空き巣入って(笑)。それで捕まって2、30人で詰めるみたいなシーンがあって、俺もそこにいたんすけど、殴られてるヤツもおったり罵声が飛び交う中、クルーのボスの夜千代君が「BACKBONEってやんねんけど、来週のレコーディングにお前入れや」って。「今言う?」みたいな。それが結成ですね。でも、自信になったんは、誰も彼も入れてるんじゃなかったんすよね。で、一生懸命やらんといかんなーって思ったんもあるし。あのクルーなかったら今ラップやってないし、BACKBONEにしても木屋町の不良にしてもみんな応援してくれてるんで、頑張らなアカンというか、自然と足が一歩前に出るっちゅうか。「あの人らが選んでくれた俺がここまで化けたで」って見してあげたいし。

 

HDM:結果的にそのクルーの縁がドラッグを断ち切ってラップへと本格的に向かわせることにもなったってことですよね。

孫GONG:21歳ぐらいっすかねえ。おかんも号泣するし、覚醒剤はもうやめなアカン思うて、ガンジャ200gとエリミンを100シートぐらい持って、滋賀県の山奥に抜きに行ったんすよ。寮みたいなとこ1人で借りて、ろうそくに火をつけて真ん中に立てて、毛布かぶって震えながら、虫と戦いながら。それが23歳までぐらいかな。

 

HDM:逆に言えば、そこにいくまでが孫GONGさんの人生の底辺だったってことですね。当時のことはだいぶ記憶が飛んでるって話もされてましたけど。

孫GONG:やっぱりハタチ前後の覚醒剤中毒のときはめちゃくちゃいってたし、笑ってなかったし、けっこう底辺やったっぽいっすね。だから地元の先輩とかは「お前生きてんの奇跡やな」とか、「音楽あってよかったな」とか、「どこまで行けるかこのままやってくれや」ってみんな言ってくれて。もう「死ぬ」って思われてたヤツが気持ちの持ち方ひとつでここまでこれたんはみんなのおかげやし、俺も運が良かったんやなって思ってる。くさい話やけど、「死んだ親父が見てくれてんのかなあ」とか思うこともよくあります。

RELEASE INFORMATION

孫GONG|立ち上がるために音楽を手にした男の軌(奇)跡

孫GONG / 狂都
YINGYANG PRODUCTION
YYP-023
2500円(税込)
2018年6月27日発売

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