SHINGO★西成|片道書簡「オカンからの手紙」(HARDEST MAGAZINE 2018年4月発刊号掲載)

text by CHINATSU MIYOSHI photo by PAPAN

 

「お金」。それは、あるときは家族を断絶させるものであり、ある時期からは親子を固く繋ぐツールとなっていた。母は、決して安穏とは過ごせなかったその人生から、金に対する執着と信頼を固めていた。そして、まだ息子が幼い時分からその徹底した姿勢を隠すことなく見せていた。「世の中は、金や」…自分自身の信念とも言える言葉を、幼い息子に何度も聞かせた。

 

「お金でずっと苦労してきた人やからな。金がすべてやってずっと聞かされてきてた。でも俺はそうなんやって思う反面、それは違うやろってずっと思ってた。だから、ときどき確認してた。『オカン、世の中は金か?』と。『違う』って言ってほしくて。でも答えはいつも同じやな。信念貫く人やで、ほんま(笑)」

 


 

真悟さん

もう一度、私が、お願いがあるのです

また、お金のことなので、悪いと思います

真悟さんには、迷惑ばかりかけて悪いと思ってます

「三十万」のお金を貸していただけませんか…お願いします

(中略)

真悟さんには、ほんとうに悪いと思っています

いい話しはせず、すみません

お願いすることばかり言って、すみません

真悟には苦労ばかりさせてすみません

 


 

「自分が何か頼みたいこととか、何か言いたいことがあるときに書こうってなるんやろうな。たいがい、イベントフライヤーかチラシの裏とか、書くとこなかったらチラシの隅っことかに小さく書かれてあることが多かったんやけど。お金を貸してほしいっていう頼みごとのときはな、2、3千円までやったらスーパーのチラシの裏で、それ以上の額やったらちゃんとした便箋に書いてくんねん。オモロいやろ(笑)」

 

ふと、彼がこう尋ねてきた。

 

「あれ、何やった?石川啄木の…『働けど働けど』っていうやつ」

 

それは石川啄木の最も有名な歌である『一握の砂』の一節だった。「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢっと手を見る」。どんなに働いても、依然として暮らしは楽にならない。働き詰めになっている自分の荒れた手を眺めて生まれたであろうこの詩について、彼はこう言った。

 

「手を眺めて、そんなふうに物思いになんてふけってられへんかった。…そんな余裕は無かったから」

 

だけど、彼はたしかにその混沌と鬱屈した環境から“歌”を生み出している。石川啄木のような“いじけた”歌とは違う。もっと強いエネルギーを持った、淀んだ水底に沈殿した何かをかき混ぜ、動かすための歌を。

 

 

手紙を受け取ったあと、その足でそこから歩いて数分程度にある彼の自宅へと向かった。オカンと二人暮らしのときには家賃4千円という長屋住まいだったが、今は2階建ての一戸建てに母と、そして自身の家族と暮らしている。玄関をあがり部屋に入ると、ベッドの側に足の悪いダックスフンドとそろってオカンが小さく座っていた。彼が「友達が来てくれたで」と告げると、母は「真悟ちゃんのお友達、来てくれたん」と言って笑顔で迎えてくれた。手みやげに持参したケーキとコーヒーを渡すと、彼は気恥ずかしそうにさっさと台所へ引き上げていった。部屋に残された私はオカンと話を始めた。

 

オカンは広島出身だった。戦後間もなく、オカン曰く「もの凄い美人」だった叔母が大阪で営むバーで務めるために故郷を出たそうだ。「叔母はもう、もの凄い美人でね。とにかくいろんな男の人にもてていたんだけど。私は太った男が大嫌いでね」などと、オカンは昔話を…よく聞くセリフで「ついこのあいだの出来事のように」楽しそうに話してくれた。オトンとはここで働いている時期に知り合ったらしい。私はオトンについても尋ねてみたが、言いたくないのかそもそも記憶が薄れているのか、「うん、もうねえ、とにかくお金と酒とで苦労させられたわ」と話すだけだった。よく行く近所のスーパーのこと、最近買ったスカーフの自慢など、とりとめのない雑談をしながら、ふと「そう言えば、広島」と思い出して、「戦争は大丈夫だったの?」と尋ねた。オカンは、ああ、それね…という反応をしたあと、こう言った。「いろんな戦争が起こったけどね。でも、私は大丈夫」。ごく当たり前の暮らしが、外からの一方的な力によって滅茶苦茶にされた時代を生かされ、乗り越えてきた人間の「大丈夫」は、とても重く響いた。オカンは大阪から、また新しい時代を生きることになったのだった。その内容が望んでいたものにしろ、想像とは違っていたにしろ、オカンの人生は紛れもなくここにある。

RELEASE INFORMATION

SHINGO★西成|片道書簡「オカンからの手紙」(HARDEST MAGAZINE 2018年4月発刊号掲載)

SHINGO★西成 / ここから…いまから
昭和レコード
SHWR-0052
2700円(税別)
2017年5月24日発売

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SHINGO★西成|片道書簡「オカンからの手紙」(HARDEST MAGAZINE 2018年4月発刊号掲載)

SHINGO★西成 / わになるなにわ
昭和レコード
SHWR-0061
1200円(税別)
2017年11月15日発売

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