SHINGO★西成|片道書簡「オカンからの手紙」(HARDEST MAGAZINE 2018年4月発刊号掲載)
さっきシンゴさんからね、お母さんがシンゴさんに書いていた手紙を少しだけ見せてもらいました。あれは、いつも書いていたの?と聞くと「…そう、うん。私はね、とにかくいつもメモを取っていたの」とだけ言った。そのメモには何が書かれていたのだろう。オカンの手紙を読んだ後では、きっとそれは日常の必要事項などではなく“人生”の必要事項ではないかと、勝手に推測してしまう。自分を奮い立たせたり、折り合いをつける言葉や、生きて行くための知恵が、そこには書かれてあったのかも知れない。
真悟さん
長いこと、手紙も書かなかったけど…
毎日顔を合わせても、何と言っても話しはしないけど
何か、話しがしたいときがある
もう先が短いような気もするときがある
いろんなことを考えていると真悟に怒られるから
まあそんなことは考えないようにするけどね
真悟もいろんなことがあるけど、頑張ってやっていこうね
ママがつまらんから苦労しますね
がまんしてくださいね
真悟も身体に気をつけてやっていきませう
よろしくお願いします
つまらんことを書いてごめんね
「シンゴさんは、お母さんが書いた手紙をひとつ残らず大切に持っているよ」と言うと、初めてオカンがはっきりとした声と目つきになって、「本当に?…本当に…」と、再度確認するように繰り返し言った。手みやげに渡したコーヒーとケーキをトレイに乗せて、彼が再び部屋へ戻ってきたので、オカンとの会話はそこで終わった。「俺の悪口言ってたんやろ(笑)」。オカンの前では、当たり前のことだけど、SHINGO★西成もひとりの息子としてそこにいる。
オカンは、ベッドの下からスーパー玉出のビニール袋を引き出すと、その中にたくさん詰め込まれたスカーフのうち、ヒョウ柄と淡い黄色とブルーで織られたスカーフを私にくれた。オカンは「この柄ね、わたしあんまり好きじゃないのよ」と言って笑った。私が見せてもらったオカンの手紙は、その内容の殆どが息子に対する気遣いと懺悔だった。「ありがとう」と「ごめんね」。手紙には、いつもこの言葉のどちらかがあった。
会話を終え、コーヒーも飲み干したところでオカンの行きつけである商店街の雑貨店へ散歩に出掛けた。オカンがいつも使っている手押し車の上には、ダックスフンドが大人しく鎮座している。彼と西成を一緒に歩いているといつも感じることなのだが、彼は本当によく声をかけられる。「あ!シンゴちゃんや!」「シンゴちゃん、今日も寒いなあ」「あ!ほら、SHINGO★西成やで!」…この日も玄関を出るや否や、早速顔見知りに声を掛けられた。世間や一般社会と大きな隔たりがある代わりに、せめて人と人とが寄り添っているような街。途中で全身タイツのおっちゃんとすれ違ったが、彼は「よく見る光景」と失笑して、オカンはそんなものにいちべつもくれなかった。
手押し車に支えられながらゆっくり歩くオカンの歩調に合わせて歩く二人の姿を後ろから眺めながら、来週は故郷に帰ろうと決めた。家も家族も、しっかりとそこに存在しているあいだに、ちゃんと関わっておくべきなのだ。どうせいつかは終わりがきて、何もかもなくなってしまう。それならもういっそ、嬉しいことも面倒なことも、すべてを味わうがために生きていくほうがいい。彼の背中を見ながら歩いていると、突然、ある有名なブルースの一節が脳裏を過った。
なあ、俺が死んだらタックの無いズボンを履かせて埋めてくれよ
ジャケットにステッソン製の帽子も着せてさ
懐中時計の鎖には20ドル金貨をはめて
俺の最期が惨めなものでなかったと誰の目にもわかるように
何故この歌がいきなり頭の中に流れてきたのかはわからないけれど、こう思ったのだ。「彼がもし死んだときは、20ドル金貨がはめ込まれた懐中時計なんかじゃなく、ピカピカのナイキのシューズを首にかけてあげよう」と。
真悟さんへ
寒いのに、ご苦労さま…
あんたも大変ですね、頑張ってね
生きることが大変です
身体にだけは、気をつけてくださいね
いい人生を歩んでください
祈っています
いい人生でありますように
RELEASE INFORMATION

SHINGO★西成 / ここから…いまから
昭和レコード
SHWR-0052
2700円(税別)
2017年5月24日発売
RELEASE INFORMATION

SHINGO★西成 / わになるなにわ
昭和レコード
SHWR-0061
1200円(税別)
2017年11月15日発売