恵比寿リキッドルームでのtha bossワンマンライブ映像化『ラッパーの一分』

恵比寿リキッドルームでのtha bossワンマンライブ映像化『ラッパーの一分』

interview by BUNDAI YAMADA

北海道・札幌をリプレゼントするTHA BLUE HERBから、ILL-BOSSTINOがtha BOSS名義で昨年秋に発表した初のソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』を引っさげてのツアーファイナル。2015年末12月30日、恵比寿のリキッドルームで開催されたワンマンライブの模様をノーカットで映像化した『ラッパーの一分』が遂にリリースされた。残念ながらこの日、筆者は現場に行くことができなかった。そして、インタビューに際し、この夜の映像を観た時、「ここ」にいなかった自分を心底悔やんだ。だが、こうも言える。これは「ここにいることのできなかった悔しさ」をまざまざ実感できるほどに、現場の素晴らしさを感じられる精度の高い映像作品であると。それほど素晴らしい、貴重なライヴである。では何が素晴らしく、何が貴重なのか。それは観て頂くしかない。強いて言えば、『ラッパーの一分』。どうやら社会的に流行っているらしいラップ、それを生業にするということがどのようなことなのか。それが体感できる作品とでも言えば良いだろうか。 いろいろな…(それは、このインタビューを読めば、段々と理解して頂けるだろう)、本当にいろいろな思いが交錯したインタビューだった。

 

 

HDM:素晴らしいライブでした。まず最初に今回のtha BOSS名義のソロアルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』と、過去のTHA BLUE HERBの楽曲をミックスしてみて、これまでのライブと何か特に違う点はありましたか?

ILL-BOSSTINO:今回のライブに関して言えば、お客さんが会場から出る時、一番最後のアウトロに1曲インストゥルメンタルを使ったことまで含めて『IN THE NAME OF HIPHOP』の曲を全曲演ったんだ。全曲鳴らしたというかさ。それってなかなか無いことなんだよね。今までいろいろリリースツアーというものをやってきたけど、アルバム1枚を全曲演るというのはあまりやったことがなかった。今回はそれに挑戦したことがけっこう俺的には新しかったね。やっぱり、この年末のライブから6カ月経った今(※このインタビューは2016年6月9日に行われた)相変わらずずっとライブをやっているんだけど、その中でいろいろ削ぎ落とされたり、また他の要素が足されたり、どんどん変化していくわけ。ザ・ブルーハーブのライブという世界観の中で、今までのTHA BLUE HERBの曲たちも、客演(楽曲)も沢山ある。その中から今現在のライブセットで『IN THE NAME OF HIPHOP』の曲が、どういう形で入るかというと、やっぱりセットに入らない曲も出てくるわけ。だから、あのツアーくらいは全箇所で全曲鳴らしたいと思っていたんだよ。そこがやっぱり全然違ったね。今もそのツアーの余波の中にいるから、まだ残ってはいるけど、今はもう全曲演るってことはないからね。

 

HDM:THA BLUE HERBは、他のユニット(というのも随分ざっくりな言い方ですが)に比べ、ラッパーのBOSSさんとサウンド面のO.N.Oさんとの結びつきが極めて強いと思います。そこに、他のトラックメイカーの楽曲が混ざってくることに違和感のようなものを感じたりはしませんでしたか?

ILL-BOSSTINO:まったくなかったね。1曲目がOlive Oil、2曲目がHIMUKIというのはアルバムと同じ流れで、3曲目は『北風』で…これって98年に作った曲なわけよ。それをDJ DYEがミックスしてシナリオとして繋げていくわけじゃん?音の質感に違いはあっても、それはDJ DYEとPAがクリアしてくれてることで、リリックの内容的にはあんまり変わってないっていうかさ。もちろん、これから上がっていくぜというメンタルで書いた曲と、最新のリリックという違いはあるけれども、リリックのつじつまを合わせるようなことはしてない。18年前から言っていることと、今言ってることの筋が何も変わってないのを再発見できた。それを面白いなとは感じたから、違和感は何も感じなかったね。ノーストレスだったよ。

 

HDM:それだけ1stアルバムから核心をつく強い言葉を綴ってきた証明ですね。

ILL-BOSSTINO:いろんなラッパーがいろんな曲を残してきてるわけで、あの頃の俺のワードが、なんていうのかな…たまたま特別だったとは思ってないよ。まだすごい若かったし、粗もあるし、雑だし…。でも、やっぱ歌い続けてきたこと、やり続けてきたっていうのがすべてなんだよね。もちろん、ライブでは曲順によってケミストリーも起きるから、その楽しさもあるけどね。時間の経過や並べ方によって曲の聴こえ方は変わってくるものだけど、でも全ては俺から出てきたものであって、筋は通ってるね。

 

HDM:並べ方や時間が経過してもやり続けてきたことで、言葉が鍛えられたというのはお話をうかがい納得できるのですが、もっとシンプルに、それを伝えるスキルが未だにアップしてると思いました。

ILL-BOSSTINO:スキルに関しては…まぁ自分にあのセットリストを課してるわけでさ。2時間40分か…。リキッドは特別長くなったけど、全会場で2時間近くはやっていたからね。あのセットを自分に課すという時点、それをちゃんとした状態で届けるという労力は体調管理まで含めて結構なもんだから。力のコントロール方法も覚えるし、自然とスキルは増すよね。

 

HDM:そのハードなセットを課すことが、タイトルの『ラッパーの一分』の意味ですか?

ILL-BOSSTINO:それも一理あるね。ただ最近、フリースタイルのブームだったり、いろいろあって、ラッパーというワードが世の中にすごい出てきてるじゃん。そういうものに対して投げかけたいっていうのもあったよね。いま世の中ではフリースタイルバトルのラッパーが、いわゆるラッパーのようになっているけど、こういうヤツもいるんだぜというか。そういうことを一発作品として、ブームが一番盛り上がってる時期にDVDで、ノーカットでバシッと、世の中に提示したかったというのはある。そういう気持ちも恐らくタイトルに入ってると思うよ。

 

HDM:「こういうヤツもいるんだぜ」という話に関して言えば、客演のYOU THE ROCK☆さんにこそ『ラッパーの一分』を超感じました。ステージ袖から「俺にもあるぜボス」が聞こえ、さらに「うぉー!」というあの叫び声が…

ILL-BOSSTINO:あそこは盛り上がったよね。あのまま言って欲しかったけど…

 

 

ここで通常のDVDリリースインタビューではない、言わばエクスクルーシブの原稿を挟みたい。狙ってではなく偶然が生んだものなのだが、ここに書く話は筆者には物書き冥利に尽きる…そう思える体験に基づいたものだ。筆者は前述したように、この年末のリキッドのライブの現場にはいなかった。そうである以上、この映像作品『ラッパーの一分』で、この夜の模様を初めて目撃したわけだ。それがインタビューの少し前、2016年、つまり今年の6月1日のことだった。

 

ここからが、まさに「偶然が生んだ」と書いた所以なのだが、筆者はこの「ILL-BOSSTINOインタビュー」の数カ月前に、YOU THE ROCK☆からこのリキッドでのライブ中に起こったことについて話を聞いていた。もちろんILL-BOSSTINOはそれを知らないわけで、「あのままいって欲しかったけど…」とだけ言って、残りの言葉を飲み込んだのである。だが、筆者はILL-BOSSTINOの言葉を聞きながら、また違うことを考えていた。

 

私事だが、筆者は今年の上半期はTwiGyの初の自伝となる『十六小節』(2016年5月31日刊行)の編集作業にどっぷり浸かっていた。その作業には著書のTwiGyと同時代を生きたHAZU(BEATKICKS)、MURO(MICROPHONE PAGER)、YOU THE ROCK☆(雷)の声を聞くことが含まれていた。言うまでもなく、日本のヒップホップシーンのレジェンド達であり、貴重な体験であると同時になかなかハードな体験である。

 

そして、今年の春(東京の花見シーズンだった)『十六小節』の時系列の確認などで、YOU THE ROCK☆に会い、ブラックマンデー時代の話を中心にインタビューしていた。酒を飲みながらの話だったので、筆者は何の気なしに雑談がてら「ボスさんとの曲(『44 YEARS OLD』)ヤバかったですね。年末のリキッド行きたかったのに行けなかったんですよ」と言うと、YOU THE ROCK☆の表情が突然に変わった。

 

YOU THE ROCK☆:………

HDM:?

YOU THE ROCK☆:できなかったんだ。

HDM:え?

YOU THE ROCK☆:できなくて、悔しくて。正月、全然眠れなかった。

 

90年代の「ヒップホップすべらない話」から一転、歯を食いしばりYOU THE ROCK☆が真正面から睨みつけくる(『ラッパーの一分』のステージにいる、あの表情だ)。

 

YOU THE ROCK☆:ビーフじゃないんだよ、俺たちは。憎しみでもなんでもない。地方にいたら、あの頃の俺らがよく見えるのはわかるんだ。俺らが逆の立場だったら俺もそういう風に言ってる。でもそれはビーフじゃないからね。

HDM:はい…

YOU THE ROCK☆:コンちゃん(Dev Large)が死んでさ、俺は何冊もノートに、気持ちをグチャグチャって書いてた。それを何度も読み直して。正月、ずっと布団の中に入って。

HDM:はい……

YOU THE ROCK☆:あの日、もう一回って言って、やったけど、できなくて…。ボスがDVDにする時にカットするかって聞いてきたんだ。それで、いいって。あったことだし、そのまま使えって言って。

HDM:はい。

YOU THE ROCK☆:そうしたらその日打ち上げの酒の席だし、翌日、昨日ああ言いてったけど、本当にいいのかってまた聞いてきて。

HDM:これ(YOU THE ROCK☆が筆者にガラケーでメールを見せる)…

YOU THE ROCK☆:男に二言はねぇから使えって。

HDM:ハンパないです…(ここではむしろ筆者の方が感極まり、こんな陳腐な言葉しか漏らせなかった。これがラッパーなんだと毛穴が開き、総毛立った感覚を今も思い出すことができる)。

YOU THE ROCK☆:BOSSだって、20年間、俺や俺らのことを思ってたのは、仲が良いからそうなるんだよ。だってよ、1日24時間しかないんだぜ。その中で、ずっと思い続けてるなんて、恋人みたいなもんだからね。ヒップホップ愛が溢れているからそうなるんだろ。

HDM:はい…

YOU THE ROCK☆:クソ…

HDM:………

YOU THE ROCK☆:BOSSとの話はいいんだけど、それでさ…

 

ちなみにここに紹介したやり取りは途中幾つか省略して構成している。「できなかった」「悔しかった」「………」をただただひたすら繰り返しているからだ。この日、YOU THE ROCK☆は自分の中での日本のヒップホップの著名なオールドスクーラーという漠然とした存在から、おこがましい話だが、「これこそが(自分が思う)ラッパーだ」という思いに切り替わった。カッコよかった。年末のライブでの失敗を、季節が変わっても、まるで昨日のことの様に悔しがる。それを年下のライターに(もちろんTwiGyが「話を聞いてやって欲しい」と伝えてくれていたからなのだが)ここまで赤裸々に話せるのは凄いことだと思った。「等身大の言葉」や「カッコつけてると逆にダサい」という“スタイル”を打ち出すラッパーはいくらでもいる。だが、それを口にするラッパーの誰もが、YOU THE ROCK☆と同じ選択をできたとは思えない。これこそが等身大の意味であり、YOU THE ROCK☆がステージで叫んでいる“生き様だ”の意味なのだと思わされた。ここから、再びILL-BOSSTINOのインタビューに戻ろう。

 

 

HDM:…ということがあったんですよね。

ILL-BOSSTINO:俺もあのシーンを今回YOU THE ROCK☆は「絶対ダメだ」って言うと思ったわけよ。カットだって。それはそうだよ、俺だったらそうするからね。俺がYOU THE ROCK☆の立場ならやめてくれって言うよ。でも…アイツは本当に「ステージの怖さも、負けの惨めさも堕落も含めて、あれが俺だ」と言ったんだよね。「使え」って。本当に耳を疑ってさ。俺は本当にYOU THE ROCK☆のことを知ってから、直接会ってない時まで含めて20何年経つわけ。その中で初めて「YOU THE ROCK☆…凄い人だな」と思ったんだよね。このままDVDであそこをカットする、要するに逃げたり隠したりするってことが、あいつはギリギリできなかったというか。そんだけ惨めな思いをしたのに…それだけ悲しい思いをして、のたうちまわるくらいの痛みを得たのに、それを隠したり逃げたりすることがあいつにとっての、それ以上譲ることのできない名誉や面目なんだなっていうかさ。俺は本当に“ボーン・ルーザー”っていう、YOU THE ROCK☆を含めた当時のプレイヤーや東京に対する敗北感であり、そういうところから始まっていて。失敗したり、歌い間違いをしたことはあるけど、でも負けてはいないと思っているんだ。けど、彼はおそらく何度も何度も負けを乗り越えて来てると思うんだよね。ただ、この時、負けを知ってる人間は強いんだなって初めて気付いた。勉強になった。

 

HDM:はい、僕もまさにそう思いました。

ILL-BOSSTINO:俺はね。すごい、今回の一連のやり取りで、あの作品を発表することで、昔の俺が提示してきた価値観であのシーンを見てしまう人もいると思うんだけど、でも俺が伝えたいのはまったく逆のことなんだ。いま言ったように負けたり失敗したりする姿を晒すことによって、DVDの中でも言ってるように「おまえならどうしてた?」「それに耐えられたか?」っていう。それが世の中に晒されることの恐怖に「イエス」と言えるかって。逆だったら俺は絶対言えなかったから、そこにYOU THE ROCK☆の強さを見たんだ。だから、そういう意味でYOU THE ROCK☆の肉声として、彼がその後にどう思ったのかということが文章になるのであれば、ここでお客にちゃんと伝えたいんだよね。MCバトルで勝った負けたというのが明白な世の中じゃん。それもヒップホップだからいいけど、あの場面でああいう下手を打って、人間、どれくらいの衝撃で…っていうことは、MCバトルでの勝ち負けしか知らないラッパーにはわからないと思う。それはもっとそこから先にある勝ち負けの話なわけじゃん?要するに譲れない“ラッパーの一分”だよ。

 

HDM:そうですよね。『ラッパーの一分』を見て、あの夜のYOU THE ROCK☆さんを思い、これこそが“ラッパーの一分”なのだと僕も思いました。もちろん、バトルで活躍する般若さんには般若さんのまったく別の“ラッパーの一分”が感じましたが。この日は、客演の個性の違いも見所ですね。

ILL-BOSSTINO:みんなバッチリだったね。般若は本当に…いま言ったように、フリースタイルバトルで盛り上がっている、あそこ(『フリースタイルダンジョン』)に出ている人たちが世の中でいう、いわゆるラッパーなわけじゃん。でも、何度も言うように、2時間40分、こうやって世界観を表現するラッパーもいるんだよっていうのを提示したくて、俺は今回のタイトルにした。やっぱりさ、般若はそういうバトルシーンのラスボスでもあるわけよ。そこで、とてつもない責任と役割を背負っている。でも、般若の凄い所は作品も俺なんかより多く作るし、ライブもちゃんと向き合ってやってる。興行としてちゃんと成立させるっていうことまで含めてね。今の子は般若のことを『フリースタイルダンジョン』のラスボスとだけ思うのかもしれない。けど、俺は般若の作品であったり、ライブであったり、その部分に影響を受けてるというかね。そういうところのラスボスがわざわざフリースタイルではない世界に出てきてやってくれたというのは、本当に俺らが俺らサイドだけで盛り上がっているんじゃなくて、バトルの頂点にいる人間が来てくれていることで、今回の作品に大義が備わったなと思うんだ。般若が来てくれたことによってね。ありがたいよ。

 

HDM:「大義」というお話で言えば、B.I.G. JOEさんにも感じました。北海道のストーリーが、東京の現場で結実している物語と言うか…。これこそがヒップホップだなぁというか。

ILL-BOSSTINO:1995、6年頃に札幌の路上で起きたストーリーを2人で歌ってるだけなのに、それを年末の東京で1000人くらいの人たちが、そのストーリーの中に自分を見つけ出したりしながらアガってくれるっていうかね。それは札幌のヒップホップの物語でいうと奇跡みたいなものだから。本当に三者三様。それぞれが“ラッパーの一分”を見せたよね。本当にそう思う。バッチリだよ。それも、あのYOU THE ROCK☆の直後だからね。いろんな思いがあったと思うよ。あの時フロアのお客のヤジや、そこからの展開まで含めて、あそこで起こったケミストリーは映像で見ていて面白いよね。

 

HDM:あのヤジの流れ、沸いてましたね(笑)。

ILL-BOSSTINO:そういう部分まで含めて、ラッパーの、そしてライブの面白さを知ってくれたらいいなと思うよ。あの2時間40分の間に起こったことは俺も予期してないことであって、そういうのも含めたライブ。こういうのもあるんだよというか、こっちも面白いぜっていうさ。

 

HDM:やっぱり、この日はフロアのヴァイブスもいいですよね。DVDでもそれがわかります。お客さんがいいから、ライブもいいんだろうなっていう。

ILL-BOSSTINO:お客に限るよ、この日は。やっぱり12月30日だしさ。年末の開放感があるじゃん。また31日でもないというか。明けて大晦日っていう、みんな上がってというか、わくわくするものがあるっていうかさ。それがなんかいい感じで曲とマッチしていい日になったと思う。ライブはお客あってのもの、本当にその通りだね。そうとしか言いようがない。この日は新木場でUMB、渋谷でAsONEをやっていた。要するに両方ともフリースタイルバトルのイベントだわ。でも、ここで起きたことは誰と誰がやって勝つということではない。そこにあれだけのお客さんが来てくれて楽しんでくれたからね。俺も俺で、いわゆる上の人間を削って上がってきた。でも、いつからそれだけじゃないって気付けて、今こういうことをやっているんだけど、そこに価値を見出してくれる人が来てくれて、楽しんでくれるっていうのが俺にとって勇気付けられることだよ。

RELEASE INFORMATION

恵比寿リキッドルームでのtha bossワンマンライブ映像化『ラッパーの一分』

THE BLUE HERB / ラッパーの一分
THA BLUE HERB RECORDINGS
TBHR-DVD-007
3500円(税込)
2016年8月24日発売

  • facebook
  • twitter
  • pinterest
  • line
  • Tumblr