窪塚洋介|最悪の事態が実は最良の展開に繋がっているということ(前編)

窪塚洋介|最悪の事態が実は最良の展開に繋がっているということ(前編)

interview by CHINATSU MIYOSHI photo by PAPAN

人が完全に負けたり終わったりしたことが判るのは一体どういう状況の時なのだろう。例えば誰かと対峙して、はっきりと力の差を感じた時だろうか。それとも、もう負けだ、終わったと自ら悟った瞬間なのだろうか。しかしそれは本当に敗北と終焉の証なのか。立ち向かう気力の無さと諦めを、巧く自己処理しただけに過ぎないのではないか。窪塚洋介というセンセーショナルなアイコンは、ある事故がきっかけで、世間から文字通り「転落人生」の烙印を押されていた。しかし、彼自身だけは自分の存在の強さを疑っていなかった。感じたことを伝え、言いたい事を言い、自分の欲しいものが明確だった。彼は決して、負けたわけでも終わった訳でもなく、ただ一時的に「無に帰する」経験をしたことで、本当に相応しい道を歩むことになったのだ。諦めの悪さは時に美徳になる。もしかしたら、祈り続けていた本人がその祈りの内容さえ忘れていた頃に、何かの拍子で願いが叶ったりするようなものなのかも知れない。

 

 

HDM:洋介君ほど、蘇生とか再生の意味合いがこんなに強い人はいないよね。 あの転落事故から…これはダブルミーニングだけど、リアルな命としても役者としても、存在生命が終わってしまっても仕方のない状況だったにも関わらず、唯一無二な存在としてここにいるっていうのが。

窪塚洋介:うん。なんか昔から、自分の横には誰かれ構わず並ばせにくいなと感じさせるような、そういう「問答無用」な存在になりたいなあって思ってはいたんだけど、まさかこういう形でその道筋が出来るなんて思ってもみなかったよね。こうなってみて、本当に突き抜けることを強いられないと、そういう存在にはなれないんだなって理解できた。不本意なきっかけではあったけど、そのお陰で今のライフラインに入ることが出来たんだなって気はしてる。これはひとりよがりな自己解析だけじゃなくて、これまで俺に対して向けられたあらゆる言葉もぜんぶひっくるめて見えてきたことで。もうね、自分の身の上に幸も不幸も、全部が一緒くたに強引に起こってくると、腹を括るしかなくなるんだよね(笑)。そして、それが何よりも自分にパワーをくれるものだったし。だから、今は良かったなと思いますよ。

 

HDM:そのメンタリティに至るまでは正直、「俺はもう終わったな」と思っていたの?

窪塚洋介:もちろん、落っこちてからすぐはそんなこと考えられもしなかったよ。ここまで這い上がってくるまでのプロセスもひっくるめて、本当に徐々にそう思えるようになってきたんだよね。役者としてもコンスタントに仕事はしていても、世間から見たら干された日陰者みたいなポジションにいたかと思うと、ハリウッドの著名な映画監督が見初めてくれて、自分の演技を手放しで楽しんでくれたり。なんかね、現実にハリウッド映画に出演することになってから、撮影期間もずっと夢を見ているような気分だった。狐につままれたような…なんていうか、自分の人生にこんな良い事ばっかり起こっていいのかなって思うくらい。それくらい、ここ最近は幸せな状況が続いてくれているから。もし、今までの悔しかった思いとかムカついた経験を経たものが返ってきているんだったら、それは多分、居たい場所や存在の仕方というものに向かって、ブレずにまっすぐ進んできたからだと思う。

 

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HDM:洋介君の著書『放流』の中に「今のお前だったら、こんな仕事でもやるんだろ?って気持ちが見えた仕事は、歯をくいしばって断っていた」と書いてあったのを見て、ああ、この人は大丈夫だと思いました。

窪塚洋介:まあ、社会的に見たら俺はダメなやつだと思うよ(笑)。バビロンがそうするように、俺もちゃんと二枚舌だし。テレビに映る時は、社会の大多数が認識している「窪塚洋介」じゃないものが見えてもオッケーな状態にしたいんだよね。表裏を無くしたいっていうか。

 

HDM:俳優として高い知名度を得て、ファッションリーダーだとか、いわゆるアイコン的存在になって、「商業的成功」を収めていた時の洋介君って、とにかく憤懣がたまっている印象だったけど、今はすごいソフトだよね。

窪塚洋介:うん(笑)。多分、怒ることが少なくなってきたからかも。ある部分では、不条理な事とか世の中に対する怒りが自分の原動力になっていたところが多いにあったんだけど、今は自分の人生がすごい幸せな状況にあることで、そういう淀んだもの…その時はそれを前向きなパワーに変換してはいたけど、持たないに越したことはないパワーというものを捨てることが出来たから。だからそのぶん、幸せなことが入ってきているのかなって気はするね。

 

HDM:怒りっていう根源的なものを、そう簡単に捨てられるの?

窪塚洋介:もちろん、完全には無理だよね。でも、昔は今ほど自分をコントロール出来なくて、眉間にずっと皺よせてね。しかもそれを自分で気付いていなくて、人から「お前、なんかすっげえ恐い顔してるよ」って言われてはじめて「嘘!?」って。そう言われたら確かにそうだった。何かちょっとムカつくことがあれば、そこがどこだろうと「オイ!」ってなっていたけど、今は、何かに対する怒りみたいなものは、熱していくよりクールダウンしていけばいいじゃないって思うね。

 

HDM:どうやって?

窪塚洋介:我慢するか…言い方を変えるか。威圧的に説教始めるんじゃなくて、会話を重ねて解り合えるような言葉を選ぶように。とは言っても俺は別に聖人になったわけじゃないから、時々はキレることもあるよ。外でちょっと口論になったことがあってね、周りに人が居たから「すみません、今からちょっと大きな声を出すんで、気にしないで下さい」って最初にちゃんと声をかけてから怒号をあげたことがあって。それはね、周りの人にもウケたね(笑)。

 

HDM:根っからエンターテインしたいんだね(笑)。

窪塚洋介:かも知れない(笑)。寸劇見ているみたいで、ちょっと面白がってもらえたんじゃないかな。3・11直後に新幹線乗っている時にトンネル内で停電になったことがあって、そんな状況だし、乗客はみんな黙ってるんだけど「また揺れるんじゃないか」「こんなところで地震が来たら洒落にならない」っていう緊張と恐怖感が社内に充満してすごい重い空気だったんだよね。それで、俺はそこですっごいデカい声でハッピーバースデーソングを歌ったんだ。「ハッピバースデートゥーユー!」って。

 

HDM:何でハッピーバースデーソング(笑)?

窪塚洋介:だって、部屋がいきなり暗くなったら、ハッピーバースデーソングが始まって、蝋燭が灯ったケーキが出てくるでしょ。

HDM:(笑)。

窪塚洋介:それでハッピーバースデーソングを途中まで歌って「はい!今日誕生日の人は誰ですか?」て聞いたら、俺が何をしたいのかが伝わったのか、小さくだけど笑い声が起こって。その時の乗客は俺の顔なんて見ていないし、どこかのバカが何か始めたくらいにしか思っていなかったのかも知れないけど、俺はそういうことがしたいんですよ。本当の意味で。本物のエンターテイナーだと自負があるなら、何時如何なる状況の空気も思うように変えられないといけないと思うから。そう出来たらかっこいいよね。渋谷だろうが、アメ村だろうが。その時、パニックを治めるのかパニックを煽るのかはわかんないけど、ただ必要を感じた時に、求められた時にパチっとチャンネルを変えることができるのか。

 

HDM:面白いね(笑)。脱線していた生き方が自分の望むラインに乗った、と実感できたのはいつだったの?

窪塚洋介:それ難しいね。ずっとそうしてきたつもりだったし、落っこちた前後も自分が望むもの自体は変わっていないつもりなんだけど、でも世の中の流れっていうものがどうしてもあって、それは自分の心境や環境をまったく無視して流れていくものだから。もしかしたら、自分が一度逸脱して戻ってきたというよりは、自分の潮流と世の中の潮流が少しずつ合ってきているのかも知れない。

 

HDM:芸能生活が20周年っていうキャリアを経て、これまでの人生でどの経験が一番大きなインパクトだった?

窪塚洋介:やっぱり落っこちたあの事故なんだけど、考えてみたら俺、今まで5回は死にかけてるんだよね(笑)。カミナリに撃たれかけたり、頭血まみれになったり…

HDM:なかなか死なないけど、死にそうな目にはしょっちゅう遭わされるっていう(笑)。

窪塚洋介:本当にそれ(笑)。

 

HDM:色々ありながらも、この世界を継続してきたことを素直に祝おうっていう気持ちになれているように見えるけど、以前は芸能界が嫌いって言ってたよね?

窪塚洋介:今も嫌いですよ(笑)。だから、心のどこかで「勝手にやってれば」っていう気持ちはあるよ。でも、自分もその世界に片足突っ込んでるし「そこがお前の仕事場だろ?」って言われちゃうと立つ瀬ないから、大きな声では言わないけど(笑)。

 

HDM:それでも、その世界に少なくとも何か希望や救いの場があるから、居られるわけでしょ?

窪塚洋介:うん。やっぱりね、俺は映画が好きだからだと思う。映画を作ること、演じること、演じる自分を最高の状態で撮ってもらうことが。だから、俺と台本と監督のコラボレーションで完結しているというか。

 

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HDM:マーティン・スコセッシ監督の最新作『沈黙』に出演されたというのは、洋介君のこれまでのキャリアとして大きな分岐点のひとつになると思うんだけど、公開はいつだったっけ。

窪塚洋介:今年の秋か冬あたりにアメリカで先行公開になって…来年の1月が2月くらいに日本に来るのかなって聞いてる。

 

HDM:ワールドクラスの映画監督との共作はどうだった?

窪塚洋介:もうね、今までで一番手応えがあったんじゃないかなっていうくらい最高でしたね。クランクアップしてから、マーティンにも「カンヌに行こう!」「一緒にレッドカーペットを歩こう」って言ってもらえて。そんな言葉をかけてくれるくらい、役者としての自分を気に入ってもらえたことが何よりだし、俺がやってきたこと…やろうとしていることが世界の映画界のトップクラスのクリエイターに認めてもらえたということで自信が持てたし。

 

HDM:ハリウッド進出は以前から考えてたの?

窪塚洋介:俺ね、実は20歳くらいの時に「ハリウッドは通過点ですから」って言ってたんですよ。オファーも無いのに偉そうに(笑)。それで、今はやっとその台詞が真面目に言える環境になってきた。

 

HDM:この役は、是が非でも取りたかったものだったんだね

窪塚洋介:そうだね。この映画の為に、通算5年くらいかけたオーディションをやっていたみたいだったんだけど、俺、最初のオーディションで控え室と間違えて本会場にガム噛みながら入室しちゃって。その時はまだマーティンは来ていなかったんだけど、その場にいた女性プロデューサーに「マーティンはあんたみたいな失礼な人間が本当に嫌いなのよ!」って一喝されて。「帰れ!」って言われたから、必死で間違えて入ってきてしまった事を弁解して謝罪したんだけど、受け入れてもらえず。そんな最悪の空気の中でビデオ審査が始まったんだけど、もう80%の力も出せなくて「ああ、これダメだろうな」って思ってたら、案の定、翌日連絡が入って「もういいです。いらない」と言われて。

 

HDM:え?じゃあ、一度は落ちてたってこと?

窪塚洋介:そう。「キチジロー」って役なんだけど、マーティンはこのキチジローを演じられる役者を20年間探し続けてきたって聞いたくらい、彼にとっては重要な配役だったんだよね。長い年月をかけて日本の俳優のほとんどに会ってきたんだけど出会えなかったらしくて。それで「もう一度オーディションをやる」って流れになって、俺ももう一度呼ばれたんです。

 

HDM:マーティンに「なぜ自分を選んだのか」について聞いてみた?

窪塚洋介:最初に会った瞬間からすごく好意的だったから「もしかしたらいけるのかも?」っていう予感はなんとなくあったんだよね。オーディションも、マーティンを相手に台詞合わせをしたんだけど、すごい楽しかった。個人的にもとても好きな監督だったから、それだけでも充分だったんだけど、帰り際にマーティンから「じゃあ、台湾(ロケ地)で会おう」って言われたことで、確信が持てたんだ。

 

HDM:プライベートも俳優としても、これからますます豊かになっていきそうだよね。もうひとつのライフワークである音楽の方は?

窪塚洋介:DUPPIES BANDっていう、日本のダブシーンに突如現れたダブバンドと縁があって、実は知る人ぞのメンバー構成なんだけど、僕のレーベルであるAMATO RECORDZから6月20日に彼らの2nd音源をリリースしました。自分自身も卍LINEっていう所属アーティスでありながら、レーベルに関しては一応社長でもあるから(笑)、慣れないながらも新しい動きを試していきたいなって。音楽シーンで言うと自分はモグリみたいなものだから、特にジャンルに縛られないで、自分が聴いてよいと思ったもの、自分の好きなものに対して、ちゃんと正直な反応していけたらいいなって思ってる。

 

HDM:楽しみだね。それにしてもここまで話して、洋介君は現実主義者なのか理想主義者なのか、善人なのか悪人なのかわかんない人だよね。

窪塚洋介:俺も自分でわかんない(笑)。どっちもすごい強く存在してると思うよ。そうじゃないと、何かを演じるなんて生業をやってられないと思うし。ただ必要な環境は、現時点ではだいぶ整っていると思うから、今度はそれを大きくしていけたらいいよね。

 

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ジリリーン!ジリリーン!とは鳴っていないけれど、洋介君から生存確認が入った。「ご無事ですか?」との問いかけに一瞬「無事です」と答えそうになったけど、それは違ってて、つまり「ウェブいつからなの?」という意味だった。そりゃそうだ。このインタビューを録ったのは4月の終わり頃。今は8月…ゴメン!

「あれから新しいネタもあるよ」ってことだったから、再びインタビューを録るべく彼の自宅へ。その続きは『後編』で!

EVENT INFORMATION

窪塚洋介|最悪の事態が実は最良の展開に繋がっているということ(前編)

『怪獣の教え』


演出・脚本・映像:豊田利晃
出演:窪塚洋介 / 渋川清彦 / 太田莉菜
音楽:TWIN TAIL


日程:2016年9月21日~25日
場所:Zeppブルーシアター六本木


小笠原諸島の青い海。海の上を漂う一隻の船。船の上には二人の男。国家の秘密を暴露して、政府から追われる天作(窪塚洋介)。パラダイスで生きることの葛藤を胸に抱く、島育ちのサーファーの大観(渋川清彦)。天作は東京で事件を起こし、島へ逃げて来た。従兄弟の大観に船を出してくれるように頼んだ。無人島にでも隠れるのだろう、と大観は思っていた。しかし、天作の目的は別にあった。祖父から教えられた、『怪獣』を蘇らせることだった。一隻の船に乗り込むと二人は海へ出る。昨夜、二人はひとりの女性と会った。世界の島を転々としながら暮らす、アイランドホッパーのクッキー(太田莉菜)。クッキーは怪獣の教えの秘密を知っていた……。

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