卍LINE|“最後”のアルバム
多くの人は、現時点での状態の善し悪しに関係なく“変化”というものを億劫がったり極端に恐れたりする。例えば、クソみたいな会社や恋人に辟易としていながらも、それを捨て去ることを躊躇してしまうのは、そうしたことで自分の身に起こる「次の展開」がいったいどういうものなのかを予想できないことが何より恐いからだ。だけど、変化の時は必ず、誰にでも訪れる。その波をつかまえて、巧く乗りこなすことの重要性を誰よりも熟知しているのが、卍LINE、窪塚洋介という人間であると思う。状況が変わったり環境を変えたりという変革の時には、必ず取捨が必要になる。時としてそれは寂しさや微かな痛みを伴うことがあるけれど、それを「最良の展開」とするには、まず自分自身の在り方に問うしかない。そうしないと、誰よりも自分が自分に飽き飽きしてしまうから。彼はきっと、一生自分自身のことを飽きたりはしない。あらゆる変化と共に、最良の自己変革を遂げていくのだろうから。
HDM:いつも洋介君をインタビューする時って、トピックが多くてどれから話せばいいんだろうって混乱するくらいなんだけど…(笑)。
卍LINE:ハハハ!もう面倒臭いってなってる(笑)?
HDM:それはない(笑)。でも、やっぱり今回も色々なことが大きく動き出しているように見えるね。まずは卍LINEとしての新譜リリースについて聞かせてもらえたら。今回は一気に4枚リリースなんだね。
卍LINE:そうそう。気がついたら曲が27曲もできちゃってて。1枚のアルバムにまとめるにはさすがにこれは多すぎるし、どうしようかと考えた結果、9曲づつ収録したアルバムを3枚出そうって思いついて。リリースは別々なんだけど、3枚のCDと1枚のDVDをまとめてひとつのアルバムとしてコンプリートできるようなものを。
HDM:アルバムを毎週1枚、3週連続で出して、あと最終週にMVを収録したDVDと、怒濤の1カ月間集中リリースって凄いね。
卍LINE:今までそういうリリースの仕方って聞いたことがなかったし、そういう前人未到のリリースの仕方も含めて面白いかなって思ったんだよね。やっぱり、自分自身でもそれくらい気合いの入った作品ができたって思ってるから。まあ、それは毎回そうなんだけど、今回の作品はより“集大成”の意味合いを強く感じるっていうか。
HDM:27曲はどれくらいの期間で蓄積していったものなの?そう言えば前に洋介君と話した時、ひたすら家とAKIO BEATSのスタジオを行き来しているって言ってたなと思って。
卍LINE:そう、本当に日常的にそのルーティンをしてたね。制作期間で言うとね、全部でだいたい2年くらいかな。
HDM:今回は卍LINEとしてのアルバムなんだけど、とは言え27曲中22曲という、多くの曲がフィーチャリングになっているよね。コンビ曲を多く入れたかったっていうのがあったの?
卍LINE:コンセプトとして「コンビ曲を多めにやりたい」というよりは、個人的に「コンビをやりたい」と思ってた人たちとのコラボレーションが今回ようやく叶ったというだけなんだけどね。
HDM:今回で言うと例えば誰?
卍LINE:殆どがそうなんだけど、特にRYO (THE SKY WALKER)君、NG (HEAD)君、JTB(JAMBO MAATCH / BOXER KID / TAKAFIN)とは今回が初のコラボで。彼らとはタイミングもあって今までできてなかったんだけど、今回ようやく一緒にやれて嬉しかったです。
HDM:やっぱり、彼らとはどうしても一緒にやりたかった存在だったの?
卍LINE:うん。俺が10年前に音楽をやり始めた時から「いつかこの人たちとコンビやれるようになりたい」って思ってたから。今回はそういうキャリアのある人たちから、若い世代で言うと、RUEED、BIG BEAR、TAK-Zだったりとも幅広く一緒にやれたのも凄くよかった。
HDM:『天』『地』『人』のタイトルの意味は?ジャケットも、忍術の絵巻物みたいだよね。
卍LINE:3巻に分けられて、なおかつ関連性のある文字を考えていたんだけど、今回は22人ものアーティストを招いたわけで、それだけ意識の高い人間が集まったら相当な“忍法”っていうか、神がかり的な現象が起こせるって思えたから。このアルバムは、そういう大きな力をもって仕掛ける術っていうか。世の中のあらゆる呪縛や封印を解くっていうイメージが出てきて。『真説~卍忍法帖~福流縁』っていう小説風につけたタイトルも言葉遊びっていうか、例えばネガティブな言葉をポジティブに変えたり、ハードルの高い言葉を巧く崩して世の中に通用させていくのが好きなのかも知れない。
HDM:最終リリースされるMVが収録されたDVDは、どれも数分感のショートムービーレベルの内容ですごく楽しめた!豊田利晃さん(『Soul Ship』)や品川ヒロシさん(『Z DUB』『ゆるし』)など、今回は監督勢にも注視したいんだけど、どういった経緯でそれぞれの監督を選んだの?
卍LINE:これも直感的というか、始めから全体像の構想があったわけではなくて、縁のまま。なるようになったというか。神業です(笑)。
HDM:『空水』名義で洋介君自身も監督を務めているDOZAN11(三木道三)『ワレワレワ』は、MVを観ることによってこの曲のコミック感がすごく伝わる。
卍LINE:久々のMV監督だったんで、溢れる思いでプロット書いて、三木君からもアイデアもらいつつ、朋友の奈良機械とKUROFINとのコラボだったんで、色々その場その場を安心して楽しめた。出演も全員身内だし(笑)。関係者が何度観ても笑える仕上がりになってて満足してますよ。
HDM:そう言えば『沈黙』観たよ。シリアスで素晴らしい映画だった。あれから、ハリウッドの新しい映画(『Rita Hayworth With a Hand Grenade』)の撮影がすぐに始まるって話してたけどどんな感じ?確か撮影でコロンビアに行くって言ってたような。
卍LINE:それね、なんか押しちゃってて。なんかもう、じらしプレイみたいなことになってるよ(笑)。スケジュールも6月までは出てるんだけど、それもまたどうなるかわかんないし。だからいっそのこと、秋か冬まで延期にしましょうよって言ってるんだけどね。でも、こんなどこの馬の骨かもわからないような東方の役者の意見がハリウッドに通るとは思わないけど(笑)。
HDM:ハハハ!でも『沈黙』であの重要な役割を果たしたという出来事に端を発したかのように、音楽活動にしろプライベートにしろ、すごく新進しているように見えるよ。
卍LINE:『沈黙』に関しては、作品自体はもちろん素晴らしいものだったし、その中でキチジローという役を演じることができたことも最高に素晴らしい経験だったと思う。でも、もっと根本的なところで、マーティン・スコセッシがその監督人生を捧げた『タクシードライバー』『レイジング ブル』に続く自前の企画、アートムービー作品に関わることができたということの方が、ハリウッドの世界に進出したということよりも何倍も何倍も意味があるし、何よりもそこを自分自身にプラウドしたいって思ってる。自分の人生の中で経験することになった大きな節目っていうかね。
HDM:全部のことがよい方向にリンクしていってるように見えるね。
卍LINE:そうだと嬉しい。でもね、そんなに自分の中では大きな“変化”っていうのはそこまで感じてないんだよね。
HDM:そうなの?
卍LINE:うん。進むとかガンガン開拓していくって言うよりも、もっと落ち着いているっていうか…ちゃんと環境を“整えて”いっているって感じかな。デコボコだった土地を、整地しているっていうか。
HDM:ということは、今の時点で必要なものが揃っているか、もしくは揃いつつあるっていう状態でもあるわけなんだね。足場を守るというか。
卍LINE:そうだね。「いい感じの風が吹いてるな」という感覚は確かにあるから、そのいい感じの風をちゃんと受けていい波に乗れて、船がちゃんと向かうべき方向に進んでいけたらいいなって思ってる。こういうのってさ「気の持ち様」が一番大事なことだと思っているから、SHINGO★西成の言葉を借りて言うなら「安心も心配もしないで」手放しの状態で自分のバランスを保っていけたらって。今は進めるだけ進んでいく時期だと思うから。時代の風とはまた違う、自分に向かって吹いている風っていうかね。
HDM:洋介君って、意外と冷静に自分と状況を俯瞰視する人だね。
卍LINE:そうかな(笑)?でもあるラインまではそういう状態かも知れない。自分の中のラインを越えると、そこからはテンションというよりも、もう「人事を尽くして天命を待つ」って感じだよね。自分の元に来るもの、起こることを受け入れていくしかないなっていう。
HDM:卍LINEとしての存在感ももっと自分の中で確立されてきたところがある?
卍LINE:実はね、卍LINEとしては、今回が最後のアルバムなんですよ。
HDM:え?どういうこと?やめるの?
卍LINE:違う違う(笑)。このアルバムを最後に名前が変わるんですよ。出世魚みたいな感じで。
HDM:だって…何で?“卍LINE”って語呂に飽きちゃったの?
卍LINE:違うって(笑)。俺だって、いろいろ事情があって改名するんだよ。何事にも「卒業」の時期はあるじゃないですか。いつまでも小学生ではいられないでしょ。
HDM:ネクストステージに向かう時期っていう…。ちなみに次は何て名前になるの?
卍LINE:『PLAZMAnSTAR*』
HDM:由来は?
卍LINE:最初はね、プラズマ(太陽エネルギー)とマスターとモンスターとスターと意味合いがいいかなって思っていたんだけど、卍LINEという名前がある程度定着しているから、俺のことを卍(マンジ)の「マンさん」って呼んでくれる人が多くて。改名したらみんなその名前で呼べなくなっちゃうと面倒くさいのか…と思って「プラズマ」と「スター」の間に小文字の「n」を入れて「プラズマスター」にしました。そうしたら呼びたい人は引き続き「マンさん」って呼べるでしょ(笑)。
HDM:優しい(笑)。名前が変わったらどうなっていくんだろうね。周囲の反応もだけど、自分自身にはどう影響するんだろうね。
卍LINE:どうなるんだろうね?改名することで何が起こるのかは未知だし、もしかしたら人それぞれからしたら、改名と同時に俺自身も何かが変わったように見えたりするのかも知れないけど、どう見られても俺は俺だからね。逆に言ったら「名前なんて関係ないんだよ」って。今までのイメ−ジなんて、背負ってきた名前なんて、俺はこんなに簡単に手放してしまうし。それこそ『沈黙』のキチジローに話は戻るけど、あいつは「踏み絵を踏もうが踏むまいが俺は変わらない」ってことが理解できているから、何度もキリストの絵を踏んでいたんだよね。キチジロー以外のみんなは絵を踏んだらどうなるかわからないって恐怖が死の恐怖を凌駕してしまっていたんだけど、キチジローだけは何も変わらないことを知っていたから。
HDM:そうか…「恐い」っていう感情の根本にあるのは「わからない」だと聞いたことがある。予想できないことに、人は恐怖を覚えるっていう。キチジローは恐怖を克服する為に、恐怖の核に入っていけた人だったんだね。
卍LINE:そう。だから、あまり「変化」ということに恐怖心を抱いたり、過剰反応しないっていうのは、ひとつ大事なことなのかなとも思う。今まで…特に今回のアルバムで自分が望んでいた相手と一緒に音楽をやるっていう目的が果たされたから、ひとつの“ケジメ”みたいなものはついた気がしていて。この先、卍LINEでは無い新しい名前の自分が立っている場所で出会えるヤツらっていうのは、その時の自分に必要があって出会うべき相手なんだと思うから。ここまでの11年が卍LINEとしての第1章だとしたら、そこでやれるべきことはすべてブチかました集大成って感じかな。そしてそれはまた、第2章に続く為の布石でもあるんだけどね。この1章でできうる限りのことはやったと思っているし、1曲1曲、時間をかけて丁寧に作っただけに思い入れもすごく強い。これは単純な「Have to(しなければ)」だけでできるものじゃないから。「この人たちとやりたい」「こういう音がやりたい」っていう、自分の中にある「Want to(したい)」で生まれたものだから。その力っていうのは凄くあると思うし、同時にこの先に続く可能性を期待してる。
HDM:以前までは、洋介君のエネルギー源みたいなものは外に対する怒りであるように見えていたんだけど、今はどちらかというと、むしろ怒りを越えて達観しているみたい。
卍LINE:そうだね。でも、前よりはマシになってきたと思うんだ。そういう“怒り”っていう感情がね。今年に入ってからは特に。
HDM:どうして?
卍LINE:なんか…くだらねえなって思って。トランプがどうの、アベがどうのってさ、そういうことに一喜一憂するのが。正直、自分が生きている直近の“日常”というものから遠く離れたところで機能しているような、そういう自分の手で実体も掴めないものに振り回されるのって“くだらない”って思うようになったんだよね。だって、自分が朝起きて寝るまでの間に、何か直接的にそいつらに迷惑かけられるようなことってある?会うこともない関係性だよ(笑)。そいつらがどうしていようが、俺は俺の好きなヤツらと、好きなライフスタイルで生きればいいと思う。でも、怒りが表現やバイタリティのエネルギーとして一役かっていることは事実としてあるから、見方を変えれば、社会から断罪されているようなヤツらも「必要悪」なのかも知れないね。その存在があるから、ガイダンスとして大事なことが伝わったり伝えられたり、そういう作用に繋がっているんだと思うし。誰が悪か、誰が正義かということよりも、起こることを何に、どうやって昇華するのかって、そういうバランスの取り方なんだと思うよね。俺らが学ぶべきことは。